2022年3月丁岳(ひのとだけ)遭難事故報告書山岳同人「流転」
弘前の山岳同人「流転」の黒木さんから、事故の報告書が送られてきた。「るてん」は、90年代にはあちこちで盛んだった、セミプロ登山愛好家がたくさんいた地方の山岳会の、今となっては生き残り。もちろん今も変わらず活躍している。北東北という立地を活かし、「山スキーと沢の融合山行」を行動指針に活動している。その路線でヒマラヤの遠征も行う。今どきプロガイド無しの独自でヒマラヤに行く山岳会、激減しています。つまり私と同世代で、現役で山行を続けている集団だ。
丁岳?きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、甲乙丙丁の丁だ。初耳ながら名前も良い上に地形図を見れば、こんなところにこんな宝石のような山域があるのかと、引っ張り込まれる。鳥海山の傍らに隠れ、マイナーな立ち位置に鋭い鋭鋒、私好みだ。
雪庇を踏み抜き、24時間後どん底からの生還
遭難の概要は、メンバーが雪庇に乗って500m滑落して片足大腿骨折。懸垂下降込みの急斜面で残る二人が3時間後に滑落者と合流。幸い救助ヘリ要請の連絡はついたものの天候要因で翌日に。雪崩の磨いた急斜面で一晩過ごす努力をする最中に2度雪崩にふっとばされて、作りかけの雪洞を埋められ、転落12時間後にようやく落ち着いた3度めの横穴雪洞で一晩粘って翌朝救助という次第。
この間3人それぞれの目線の記述が詳しく、知りたいと思うことが次々述べられて、最後まで興味深く読んだ。遭難事故の中でどう判断し、どう対処したか、その理由と戸惑い、判断が刻まれて臨場感がある。何より、このいきさつを、関わったすべての人に知って、考えてほしいという熱意にあふれた報告書だ。そして、必要以上に恐縮せず、あけすけに事故の気恥ずかしさを晒して蓋をしない。むしろコミカルな爽やかささえ感じる読後感だ。
ピンチをどう脱出するかが山登りの本質
ほんの一歩のミステイクで地獄の底へ落ち、そこからできることを焦らず観察し判断し、脱出生還する。決して望む境遇ではないけど、これこそ我々が山の中で日々探求、練磨している能力なのだ。その過程を辿る報告書なのだ。恥ずべき遭難ではないし、すべての遭難事故を恥として隠したり、罪として責めるのは恥であると思う。
遭難者を探して懸垂下降し、慎重に時間をかけて近づいていく手法、雪崩危険地帯でもL字型に切ったテラスに寝かしていた遭難者はデブリが上を通り、流されなかった話、流されたデブリの中から泳いで流れの薄い側へ抜けきった話、大腿骨折した負傷者を15mも3時間もかけて移動した方法など、具体的な記述を読むことができた。
これだけの事故報告書を2ヶ月で湧き上がる言葉で書き上げ、まとめ、送っていただいたその姿勢も含めてすべてが彼らの山登りに対するエネルギーのマグマだまりなのだ。
この報告書は紙媒体であり、ゆっくり文章を読んで意味のわかる人向けのものである。ネット情報だけ見てキーボードでカチャカチャやって匿名でコメントすることはできない。どうしても読みたい方は流転に手紙を書けば、きっと送ってくれると思います。
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